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広告代理店勤務、ロックミュージシャン(Blue Color Union)、ベイタウン中年バンド、2輪ライダー、数々の肩書きを持つNackyのセンスあるコラムを掲載。


Dreamland(1)〜夏の終わり

 夏の終わりは、いつだって秋の終わりよりずっと寂しい。17才の夏の終わり、その夏の最後の熱帯夜になる日だった。当時、自転車に夢中になっていた俺は、バイト代をつぎ込んで買った、大切なツーリング用のランドナーをかっぱらわれたばかりで、失意のドン底にいた。その失意の中、悪友が買ったばかりのYAMAHAミニトレ50を、なかば奪うように借りると、強烈な午後の日差しが降り注ぐ中、自宅から房総半島に向け走り出した。それまでスクーターにしか乗ったことがなかった自分は、その「ギア付」スポーツバイクにすぐに夢中になった。当時の原チャリはノーヘルでもOKで、延々と続く京葉工業地帯を右に見ながら、スレスレを追い抜いていくダンプやトラックの風にヨロけ、舞い上がるホコリが目に入って涙を流しながらも、夏の終わりの陽光の中を南に向かって走り続けた。

 しばらくすると、あれほど同じような煙突と工場の続いた風景も終わり、道路も片側1車線となって田舎じみてきた。右手には東京湾がきらめき、最後の海水浴を楽しむ若者や家族連れの姿も見える。俺は海沿いの国道から、何の気なしに左に曲がってみた。そこは、今までに一度も通ったことのない田舎道だった。周囲はほとんど田畑か雑木林で、辻に集落がポツポツとあるぐらいで、すれ違う車もほとんどない。集落を通り過ぎる時、庭に枯れかかったヒマワリのある大きな農家から、虫取り網を持ったガキんちょが俺に向かって手を降っている。俺は妙にいい気分になって走り続けていると、急にエンジンの調子がおかしくなり、咳き込み始めてとうとう止まってしまった。汗だくになりながら、足が折れると思うほど何回もキックしても、エンジンは一向に息を吹き返す気配もない。「ヤベえ、壊しちまった。奴にどうやって言い訳しよう…」と適当な言い訳を考えながらも、周囲には民家もほとんどない。汗をかきながらバイクを押してトボトボと歩いているうち、天の助けか小さいガソリンスタンドを発見した。大声で叫ぶと、サビだらけの店の奥から、麦わら帽子をかぶったオヤジがメンド臭そうに出てきた。「バイクが壊れちゃったんだけど」と話すと、オヤジはタンクキャップを開けて中を覗きこみ、「ニイちゃん、ガソリンが入ってねーぞ」と、真っ黒に日焼けした顔でニヤッと笑った。その皮肉っぽい笑顔から覗く前歯は1本抜けていて、その顔に俺はなんだか妙に房総のイナカを感じてしまった。

 ガソリン代の500円を払って、あっけなく息を吹き返したミニトレ50は、再び俺を乗せて房総半島を走り続けた。小さい交差点に差し掛かる度に、気ままに右に左にと曲がっているうち、俺はすっかり道に迷ってしまっていた。道はどんどん細く暗くなり、とうとうジャリ道になってしまった。引き返すのもシャクだったのでそのまま進み続けると、ジャリにハンドルをとられ転倒した。擦りむいたヒジをさすりながらも、薄暗い林の中の道をさらに進むと、突然視界が開け、そこには小さな湖があった。おそらく、訪れる人もほとんどいないであろうその小さな湖は、まるで社会の忘れ物のように、ポツンと存在していた。その湖水はどこまでも澄んでいて、水草が水面下にゆらめいている。それまで着ていた白いTシャツは、国道でダンプやトラックのディーゼルの排気ガスをたっぷりと浴び、汗をかきまくった上にホコリの中を歩いたことによって、すっかりドブネズミ色に変色していた。むき出しの腕は赤銅色に日焼けしてヒリヒリと痛む。俺はトランクス一丁になると、その湖面に身体をすべり込ませた。水はヒンヤリと冷たく、擦りむいたヒジに少しだけ水がしみたが、日焼けした腕には心地よい。背泳ぎでゆっくり泳いでいくと、時間はそこで止まっていた。聞こえる音は、遠くでさえずるコジュケイの声と、モリアオガエルやカジカの柔らかい鳴き声だけ。水草が背中をくすぐり、ときおり赤トンボが浮かんでいる俺にとまろうとイタズラをする。湖によって雑木林が丸く切り取られた空を見ると、うろこ雲が秋の訪れを告げている。傾きかけた太陽が、東の空と西の空を、まるでワインゼリーのように色分けして、そのうろこ雲を染めている。日常の感情を全て解き放ち、喜怒哀楽のどの感情にもシフトせず、ただありのままを受け入れる。それは、まさに「夢の国」だった。俺は、ガス欠や道に迷ったことによって、この時間にこの場所にいられる偶然に感謝した。そして俺は、この「夢の国」をずっと追い続けていこうと決心した。そう、モーターサイクルなら、またきっとそこまで行ける。

 何年か後、中型免許をとってYAMAHA RZ250を買った俺は、その湖を探そうとしたことがあった。しかし、走っても走っても、どうしても見つけることができなかった。

 誰も知らない湖は、確かに存在する。(「その2」に続く)

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