QP記念館 展示コーナー

QPさんの思い出



このページは、QPさんにゆかりのある品々を展示します。

取材ノート
思いついたこと、打ち合わせの日程、などなどを記していた。
べらんめえな口調だが、字は丁寧で、時には可愛いイラスト付き。パソコンの早打ち以上に書くことが好きだったようだ。

携帯電話
QPさんの商売道具のひとつ。いつなんどき電話がかかってきても対処できるように心がけていた。因みに初七日の今でもクライアントの電話を待っている。
ストラップのピンクの象さんは彼女のお気に入りのキャラクター。

愛用のバッグ
カバンはあまり長持ちしないのが常だった。それはハードワーカーだったことを意味する。彼女にとってのカバンは、お洒落な小道具ではなく、自分と行動を共にするツールであった。
このバッグは最後のバッグ。溢れんばかりの資料や、取材道具を詰め込み、縦横無尽に動き回っていた。

眼鏡
原稿を書いたり、パソコンをする時、ピアノに向かって楽譜を見るために使っていた。もちろん、死の直前まで愛用していた。眼鏡をかけているQPさんを見る機会は無かったので想像が出来ない。でも、どうだろう。なんとなくこの眼鏡が微笑んでいるように見えない??

髪どめ
お洒落には無頓着な人だと勘違いしてる人もいるが、決してそうではない。これは長い髪の毛のQPさんのトレードマークのようなものだった。こうして、眺めていると魂が乗り移っているようである。

営業ツールであるQP作品集
彼女が取材し執筆した、もしくは編集した雑誌などのサンプルがぎっしり詰まっている。これをクライアントに見せ、プレゼンテーションをした。前出のバッグの中身で最も重いものであり、これを入れて歩くだけでも相当な重労働である。

名刺(営業用)
基本的に一匹狼(フリーライター)だった彼女の営業ツール。ベイタウンの「写真屋さん45」で作ったらしい。新居の住所になっているが、病気になってしまった為、実際に使用した枚数は少ない。

財布
病院でも使っていた。中にずっしりお金が入っている。夫がいない平日の昼間、売店でひとり寂しく買い物していた光景が浮かんでくる。

小学校から使っているピアノ
意外に新しい感じがしたので、最近買ったのかと思っていた。これで、ショパンを弾き、音大を目指して頑張っていた。今、彼女がピアノを弾けることを知っている人は少なく、初めて聴いた人は例外無くその腕前に驚く。病気になってからも一生懸命弾いていた。
引越しする時にピアノの業者が、「これ、アップライトですけど、重量が240キロもあって、凄い高級品ですよ。」と言ったそうだ。

最愛の夫とわずかの期間過ごした住まい
ベイタウンの中は賃貸がいい。いずれ湘南か熱海に引っ越したいと願っていた彼女だったのに、よほどここが気に入ったのか、購入を決めた。まさか、終の住まいになろうとは。
昨年暮れにはドイツ語で「第九」を口ずさんでいた。

リビングからの景色
新しいマンションがどんどん建つ光景が広がる。新しい息吹を感じる一方、どことなく寂寥感が漂う。彼女は車の騒音は平気だったが、窓の外を走る京葉線の音は嫌いだった。病気がそうさせたのか、それとも元々電車の音が嫌いだったのかは定かではない。

彼女の最期の住まいとなったマンションの外観
現在のところ、2番目に新しいマンションである。タワー型は今人気。当初、誰もが羨ましがっていたが、病気が進行していた彼女は、「いくら住んでいるところが好くても幸せじゃない。幸せというのは、健康なことだ。」と言った。そう言いながらも、長い間の不摂生を自戒していた。

ショパンの愛聴版
左は「フジ子・ヘミング」、右は「マルタ・アルゲリッチ」。何度も何度も聴いていた。そして、自らもショパンを弾いた。今は、夫が静かに聴いて、亡き妻を思い出している。この撮影の時も、「幻想即興曲」が流れていた。天国のQPに聴こえているだろうか。
今夜は早くも初七日である。

激辛女王の必需品
香港で買ってきたという逸品。バリやシンガポールなどに行っては辛いものを探していた。

ハワイで買った絵
ハワイが大好きだったQPが気に入っていた絵。リビングに飾っていつも眺めていた。3年くらい前に購入。

ハワイで買った絵(その2)
玄関に黄色い絵を飾るのが風水でいうところのいわゆる縁起がいいということで、飾っている。若くして両親を亡くし、それ以来神を信じないと言ってたQPだが、占いは信じていたようだ。

ハワイで買った時計
ハワイで売っていたということもあるだろうが、デザインを気に入って迷わず購入。ハワイはおそらく熱海の次に恋しい場所なのかもしれない。

仕事の部屋
自宅で仕事をするQPにとって、一番大切な場所。あちこちに原稿が散乱していたり、乱雑なのだが、それなりの機能は備わっている。手前のPCは最新のマック、その向こうにインターネット専用機のウインドウズ、プリンターを挟んで一番向こうの窓際にDTP用のマックがある。

DTPソフトの入ったマック
以前いた会社の退職金で買ったというマシン。これのお陰で自立できた。窓辺に置いてある人形はテディベアか。

テレビ&オーディオ・リモコン
病気になってから、終日、ぼんやりと音楽を聴いていたという。このリモコンを持ったまま、いったい、何を考えていたのだろうか。奇しくも、このリモコンを使ってQPの追悼ビデオが流れることになろうとは。
「私が死んでから見てほしい。」という日記には、「神はなぜ私に罰を与えるのか。」と書いてあった。

QPの食器コレクション
アメリカのアンティークショップで買ったコーヒーカップなど、オリジナリティの高いものが並んでいるご自慢のコレクションだ。食にこだわり、食器にもこだわった。でも、ちゃんとペアで買っているということは・・・。愛されてたんだね、きりんさんって。

QPが手がけた出版物
マンガ本もたくさんあったけど、自分の仕事の成果がここにあった。溢れんばかりの書物の山。たくさんの本を読み、たくさんの仕事をした。最後の夢は熱海の本を出すことだった。構成は具体的に進行していた。夢が叶わなかったことに大きな悔いが残る。

以上22点、2004年2月7日(初七日)に撮影

QPが以前暮らしていたミラリオ
ベイタウンの中では最も長く住んでいた。彼女が「高い、高い空」という表現をしていたのは、この建物から見渡した景色のことだ。花見川河口から東京湾を一望できる。その遥か向こうにはトロピカルアイランド。頑張って仕事をし、お金を稼いで、そして、ハワイやバリで思い切り遊ぶ。それが彼女の生きがいだった。


★ ★ ★


死の2日前、病床から夫にFAXが入った。
そこには、次の文章が書かれていた。
「お疲れさまっす!出張は疲れたことでしょう。先日、新しい薬をしたら、背中がピロピロとむける夢を見て、羽が生えたように軽くなりました!大成功!やったね!」(イラスト有り)
更に・・・
「日曜の午後、先生が話したいとのこと。これまでの経過だってさ!」
彼女は日曜の夕刻、永眠した。

QP写真館(その2)


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