「俺たち2」管理人による遠距離通勤電車マガジン

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たまには財布を気にせず寿司を食いたい

ヘンなテーマで申し訳ない。ここ、ずーっと寿司と言えば回転する奴しか食べたことがなくて、たまにはマトモな寿司屋で思う存分寿司を食べてみたい、というのが私の密かな夢だった。そういえば、回転寿司にも行ってない。回転寿司と言っても、私は大食漢なので、ランチにちょっと寄る感覚でも2千円は行ってしまい、一日なんとか千円で暮らしたいというサラリーマンには高嶺の花である。

ところがだ。先日、ごく普通の寿司屋にうっかり行ってしまうという事件があった。そう、私にとっては事件なのだ。たまたま出先のその近辺で昼食をとることになり、手っ取り早いラーメンにしようか、それとも牛丼にしようかと迷っていた。だが、その近辺にはそれらしい店が見当たらない。中華料理の店が1軒、そして、今回うっかり入ってしまった寿司屋が1軒しかない。中華料理店は蝋で作られたラーメンのサンプルがどす黒くなっていて、いかにも不味そうな雰囲気に加え、値段が出ていないのでやめた。寿司屋は「昼定食600円より」、「鉄火丼800円」、「海鮮丼900円」とホワイトボードに稚拙な字で書いてあり、まずまずの値段だと判断して中に入ったのである。

「らっしゃーい!」
まるで絵に書いたようにカウンターの中の店主が叫ぶ。そして、その女房だとすぐに分かるような奥さんが出てきて、私にカウンターに座るように促す。小さな店で、カウンターには6人ほどしか座れない。ボックス席は3つ。私が座った席のひとつ席置いたところに、2人のお客がいるくらいで、他には誰もいない。食欲をそそる出汁酢が鼻をくすぐる。寿司屋のカウンターに座ったのは何年ぶりだろうなどと思いながら私はぐるりと店内を見渡した。

「はい。何を握りましょう!」
六十の少し手前くらいのイキのいい店主が再び叫ぶ。私は「えーと。」と言いながら、木札の品書きを眺めていた。しげしげと眺めたが、どうも握りの品書きしかない。二人組の客は、昼酒をしている様子。「マスター、次はね、そうね、ぼたん海老握って。」と言う。「あいよ!」と再び店主。くそう、景気いいな。私は、「すみません。定食は無いのですか?」と勇気を振り絞って聞いてみた。定食を頼んではいけない雰囲気があったが、昼間からお好み寿司なんて食べられる身分ではない。

結局、700円の寿司ランチというものにした。寿司がちょこちょことあって、吸物の椀と、漬物がちょっと。これでは全然満足しない。私が食べている間だにもその二人組はイカと頼んだり、イワシを頼んだりしていた。くー、羨ましい。私は財布にいくら入っていたかを必死で思い出していた。そして給料日までの日数で割り、一日幾ら使えるかを一生懸命計算した。若干へこんでる。それでも、ここで追加1000円くらいまでだったら、なんとか大丈夫。そういう判断をした。

「すみません。追加でアナゴとイワシを貰えますかね。」何がそうしたのか、私はすかさず言った。「あいよ、アナゴにイワシね。何個ずつ?」と店主。「いや、1個ずつでいいんだけど。あ、いや、2つずつにして。」ここで少し見栄を張ってみた。ランチメニューを食べたけど、それはお金が無いからではなく、手っ取り早いからランチにしたんだぞ。それが証拠に足りないと分かるとすぐにオーダーを出すだろ?ということを分かってもらう為のポーズである。

内心はどきどきしていた。アナゴ一つでいきなり2万円だ、というような店ではないにしろ、寿司屋は高いという固定観念はそう簡単に払拭できない。私は再び財布の中身を心配した。おそらくさっきの計算で合っていると思うが、最近急な買い物をしていないかを思い出していた。大丈夫。なんとか万の位になっても払える。そうやってるうちに目の前には大ぶりのアナゴが2つ、そしてイワシが2つ並んだ。

「うまい。」思わず言ってしまった。本当にうまい。さすが回転寿司とは違う。当たり前だ。身がぷりぷりしている。有無を言わさず、私は凄い勢いで食べてしまった。「次は何にしましょう。」と店主。再びどきりとしながらも、「いいや、お愛想願います。」とお茶をすする。「へい、毎度。有難うございました。1700円です。」と言う。よかった。大丈夫だ。私は喜んでいた。万の位までは行かないにしろ、3000円位の出費は覚悟していたのだ。急に得したような気分になってきた。

店を出て、歩きながら、なぜかほっとした気持ちと同時に、財布を気にする位だったら寿司屋なんかに行くな、と自分を責めた。あーあ、独身の頃だったら、月に一度はうまい寿司を食えたのになあ。当分また寿司屋には行けない生活が続く。明日は牛丼かラーメンだ。

2004/1/26

しばざ記 Vol.58


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