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小説(?) 祭りが終わって Vol.3 Vol.1 Vol.2 Vol.4
私はあまり経験のないサッカーの練習に誘われることになった。
祭りの当日、私は殆ど始発の電車に乗ってT市にやってきた。残暑も落ち着いて、早朝は寒いくらいの感じだ。御輿の担ぎ手は朝一番に神社に集合して、それぞれの御輿を各地区に持ち帰るのだ。Kの書いた稚拙な地図を頼りに日曜早朝の住宅街を歩くと小さな森が見えてきた。神社といっても小さな小屋というような雰囲気の社だ。狭い境内にはぎっしりと人垣が出来ていた。過去にも御輿を担いだことは何度かあった。しかし、御輿が神社を出発するところを見るのは初めてだった。境内には3つの御輿が置いてあり、Kの姿が見えたので我々の担ぐ御輿はすぐに判別できた。
「ほれ、ハッピだけでも羽織って!」
電器屋のおやじさんが私を見つけるとすぐに寄ってきた。
私はジーンズにTシャツ姿だったのだが、見回すとそれぞれダボシャツにしめこみ姿というような本格的な姿だった。急いで手渡された商店街の名入りのハッピを着て御輿のすぐ脇で待機した。緊張する。私の前後は上半身が裸で全身に入れ墨を入れたいかつい男だった。あとでKに聞いたところ、御輿のプロのような人たちだと言う。全国各地を御輿を求めて渡り歩いているらしい。そう言われてみれば、その手の人間がうじゃうじゃいた。
神主がそれぞれの御輿にお払いをする。我々も頭を下げて厳粛な気持ちで無事を祈る。次に各地区の代表が神主のところへ行きくじ引きをする。どこの御輿が最初に境内を出るかを決めるのだそうだ。有名な浅草の三社祭りではくじ引きではなく壮絶なバトルで御輿を奪い合うらしい。それに比較したらずいぶん大人しい。だんじり祭りのように走ってゆくこともない。一瞬静まった後、我々の御輿が一番最初に出発することになった。一同勝ちどきの声を張り上げ、出陣となった。見た目は小さいがずいぶん重い御輿だ。例の助っ人隊は掛け声とともに慣れた感じの独特のステップを踏む。私は真似してみたが、腰を落とすのですぐに足が痛くなった。Kは先頭の右側にいたが、私のところからは見えなかった。
とりあえず、詰め所の前に御輿を設置した。ここまで来るのにもう肩が痛くなっていた。朝食の握り飯と日本酒の入ったコップが手渡された。喉が乾いたので水かと思い、一気に口の中に入れてしまった。午前中から飲む酒はこたえる。
商店街は次第に人が多くなってきた。最初に来たときに寂れていると感じたのが嘘のようだった。ただ、並んでいる露店は商店街の人たちがやっているので、派手さも無いし、威勢もよくない。それでも、こどもたちにとって、日常とは違う夢のような空間なのだろう。至るところで歓声が上がっていた。暫く私たちの出番はなかった。Kは、こどもの山車の責任者でもあり、商店街から住宅街まで練り歩いているらしい。本当に休む暇が無い。
昼近くなって、いよいよ我々の御輿の出発だ。気温が上がってきたので、私はTシャツを脱いで直にハッピを羽織った。ジーンズも汗をかくので商店街の洋品店でジョギングパンツを買ってそれに履き替えた。これで少しは本物っぽくなった筈だ。Kは戻ってくるなり、詰め所に残る年寄りに一礼すると、独特の号令を掛けた、それっとばかりに再び御輿が立ち上がった。
どこをどう練り歩いたのか分からないくらい疲れた。足も肩も声も限界だった。時折、他の町内の御輿と出くわす場面だけ奮起し、大声を上げ、元気なところを見せつけた。時々、担いだままビールを飲んだ。脇にいる世話人のような人やお手伝いのおばちゃんが紙コップを差し出したので、それを奪い取るようにあおった。全身を汗が伝う。目が霞む。Kの姿は見えないが大声が聞こえてくる。元気いっぱいだ。
相当長い時間のような気がしたが、詰め所に戻った時にまだ昼前だったので、1時間も担いでいないことが分かった。いや3、40分だったような気がする。それでも私は詰め所の前の道路にぐったりと座り込んでしまった。ヤスが来て、水でもぶっかけてやろうかと言ったが、遠慮した。しばらく、ぼうっとしていたとき、浴衣姿の女性が現れた。
「柴ちゃん、かっこいいよ。」
M子だった。
私は驚いた。まさか本当に来るとは思ってもみなかった。しかも浴衣まで着ている。普段は肩まで降ろした髪の毛をきゅっと丸めてアップにしていた。化粧もいつもより頬紅が濃いめで湯上がりのような初々しさを感じる。実は私、M子を密かに好きだった。同期入社といっても私より二歳くらい若いはずだ。年下の女の子にちゃん呼ばわりされるのは初めてだった。
M子は私と一言二言話したと思ったらKのところに行ってなにやら楽しそうに会話している。
「柴さんの彼女?」
ヤスが私の顔を窺うような仕種をした。
「いや、そんなんじゃない。」
私はそう見られたのが嬉しかったのだが、照れもあったので真面目な顔をした。
「可愛いじゃん。」
ヤスは思いきり私を叩いた。
確かに可愛い。会社の制服やどこかクールな感じもする通勤時の服装も良いけど、浴衣姿は抜群だった。
詰め所には入れ替わり立ち替わり様々な人間が出入りした。近所のお手伝いのおばちゃん達や、市議会議員、老人会、他の地区の人間も挨拶に寄った。私たちはその度にビールや酒を振る舞う。ヤスも店番を母親に任せたようで、接待役に積極的だった。しかし、どちらかと言えば自分がずっと酒を飲んでいるだけだった。M子もいつの間にか酒を注いでまわっている。
「そうだ、俺も気が利かねえな。柴さん、折角だから適当に彼女とデートしてきたら。」
それまで私に飲め飲めとばかりにどんどん酒を注いでいたヤスが思い出したように言った。
それもそうだ。折角ここまで来たのに、手伝いだけさせては申し訳ない。私は多少の照れもあったが、彼女の近くに行ってタイミングを見計らった。
狭い商店街なので、端から端まではすぐに歩けてしまう。露店にしたって大したものではない。M子と並んで歩くと商店街の店主たちから「お、色男。」というような声が掛かった。M子がどう思っているのか心配だったが、楽しそうにしていた。
「金魚すくいでもやるかい?」
前々日来た時に一緒に飲んだ年配の男が我々に声を掛ける。
「わっ、面白そうね。ねえ、やりましょうよ。」
M子はつかつかと近寄って、薄い紙が張ってある網を手にした。
「おねえさん綺麗だから特別大サービス!」
男は高らかに笑った。
「柴崎君もやろう!ねえ、どうやってやるの?」
M子はすっかりはしゃいでいる。
私が説明しようとしたら、男が先に見本を見せてくれた。黒いデメキンが網の端のほうに引っ掛かり体をくねらしていた。M子も見本に従ったが、まったく駄目だ。
「小さくても赤くて細いのはすばしっこいから難しいよ。デメキンがにぶいからそれ狙わないと。」
男はそう言いながら破れた網の替わりにもう一本彼女に渡し、私のほうに向き直って「ほれ。」と言った。何のことかしばし分からなかったが、手助けしてやれという気遣いだった。
遅い昼食は幕の内弁当だった。御輿担ぎのメンバーで円陣を組んだような格好で食べた。M子の姿が見えない。再び御輿を担いで練り歩く。Kが入れ墨を入れたがっしりした体躯の男と何やら話していた。どういうコースを通るのかというような内容のようだ。
「はーい、聞いてください!今度はちょっときついですよ。」
Kが大声を出した。これからのスケジュールなどを話し始めたのだ。メンバーやお手伝いさんは緊張した面持ちで聞いている。大したもんだ。会社とは雲泥の差。同僚のKを揶揄する言葉ことが頭を過ぎった。
私はどこかの店の奥で寝ていた。四畳半くらいのスペースに横たわっていたのだ。微かな記憶を辿ると、酔いつぶれて誰かの肩を借りてここまで来たのだ。薄い蒲団を剥いで立ち上がろうと思ったがめまいを感じ、暫く古ぼけた天井の染みを眺めていた。隅の壁に「海苔」と大きく書かれた段ボール箱が積んである。部屋の入り口は開け放たれていたので、そこから店の一部と表の通りが陳列した商品の谷間から見えた。表はひっそりしている。どうやら夜になってしまったようだ。それにしても喉が渇いた。
その店は乾物屋のようだった。どれも埃を被った商品で、購買意欲の湧かない店だ。いずれにしても他人の家にこのままいるわけにはゆかず私はよろよろ立ち上がった。店主夫人らしき老婆が店の前を箒を使って掃除をしていた。ちょうど日が暮れた直後の雰囲気で、商店街全体が夜が来る準備をしているように思えた。
「おや、起きたのかい。まだ寝ていていいんだよ。」
老婆がしわくちゃな笑顔で振り返った。
「すみません。酔っ払っちゃったみたいで。ご迷惑かけました。」
私は無意識で頭を掻いていた。
実際にばつが悪い。どんな悪態をついたのか想像もつかない。まして見ず知らずの人間に迷惑を掛けているのだ。
「お、起きたか!」
通りの斜め前から中年の痩せこけた男が小走りにやってきた。
こちらは知らなくても、あちらは知っているというのは非常に気まずい。
乾物屋は詰め所のすぐ近くだった。最初、酔いつぶれた私を数人がかりで詰め所の奥に寝かせ、風邪をひくとまずいということでKやその辺にたむろしていた数人が一旦起こした上でここに連れてきたらしい。いずれにしても始末が悪いもんだ。
「Kさんは?」
私は痩せた男に聞いた。
「ああ、片っ端から提灯を外してるんじゃないかな。」
「みんなも?」
「どうかな、何人か手伝いに出ているけど、商店街事務所にでも行って飲んでいるんじゃないか。」
飲む仕種をし、呆れたように男は笑った。
詰め所に行くと、そこでも小さな宴会があった。
「柴さん、もう大丈夫なの?」
何人かが私を見つけ声をかけてきた。
「あ、もう、祭りは終わっちゃったんですね。まいったなあ。すっかり寝てしまって。」
私は申し訳ない気分でいっぱいだった。
「ああ。相当飲んだからな。仕方ないよ。でも3時間で起きるとは思わなかったよ。もう酔ってないかい?」
男たちのひとりが私に向かって話しかけた。
「いや、ふらふらしてます。」
私は苦笑する。
「そりゃそうだろう。ヤスの馬鹿なんかひっくり返っちまいやがって、なあ。」
別の男。
詰め所の周囲も飾りがすっかり取り払われていた。商店街は何か急に物悲しい寂しさに覆われていて詰め所だけが祭りの余韻を残していた。男たちは私に再び飲むようにコップを出してくれたが、さすがに固辞した。Kは暫くして戻ってきた。
「おう、大丈夫か。」
開口一番、私に語りかけてきた。
「はい。すみません。結局なんにも出来ないで。」
私は心から詫びた。
「なあに。僕は好きでやっているから、どうってことないよ。それより、今年は御輿の人員が確保できたから助かった。そうそう、忘れていた。」
Kはくちゃくちゃになった祝儀袋を取りだし、私の手に握らせた。
「え、なんですか。これ。」
私はKに突き返そうとした。
「少しで悪いんだけど、いろいろ手伝ってくれたお礼だ。」
Kは少しだけ笑った。
後で中身を見たら五千円札が一枚入っていた。私は仕方なく履き替えたばかりのジーンズのポケットにねじ込んで一礼をした。
「M子はどうしちゃったんですかね。」
ずっと気になっていたのだが、Kのほうから全然教えてくれそうもなかったので、思わず尋ねてしまう。
「ああ、彼女か。帰ったよ。とっくに。そりゃ、そうだろ。彼氏が酔っ払って寝てしまうんだものな。無理もない。」
Kは真剣な顔をした。
「そうでしたか。そりゃそうですよね。」
私は悲しくなってきた。
憧れの女性にいきなり醜態を見せてしまったことと、周囲が「きっとフラレたんだ。」と思っていることが恥ずかしかった。私は早くこの場を離れたくなった。みんな親切にしてくれるが、こういう結末ではみっともない。
ところが、なかなか帰るタイミングを逸していた。片付けを終わった後で続々と帰ってきた祭りの関係者で詰め所のあたりは一時的にパニックに陥っていた。再び大宴会が始まりそうな気配だった。その時、シャッターが締まり掛けた静かな商店街のほうへKが誘い、二人並んで歩いた。祭りの面影は微塵もなく、遠ざかる詰め所の人声だけがこだましていた。
「君は、僕のことを会社のみんなに話したんだね。」
Kが小さく口を開いた。
「え、すみません。言ったらまずかったですか。」
小さい頃、秘密を破って仲間達に咎められた遠い日の記憶が甦り、私は言葉を失っていた。
「謝ることはないけど、余計なことしてくれたなあ。また、僕の評判が落ちるよ。」
呆れ果てたようにKが呟く。
「どうしてですか。気に触ったら謝ります。でも、地元の祭りに尽力しているっていうのは・・・。」
素晴らしいことじゃないですか、と続けようとして私は唾を飲み込んだ。
つまり会社以外のことを一生懸命やるというのが企業人として問題なのかもしれない。
「Kさんは会社で仕事を一生懸命やっているじゃありませんか。」
「一生懸命?」Kは一瞬考えた後で、「誰が一生懸命やるものか。僕は会社と給料という報酬で結ばれているだけなんだ。求められたノルマしかやらないようにしているんだよ。僕の場合。」と、早口で喋った。
私は言葉を失っていた。給料の分だけきっちり仕事をして、その他は無関心というスタンスは間違ってはいないと思うし、むしろ合理的な考えだ。しかし、サッカーや祭りに賭けるKはある意味で滅私奉公だ。それは一体どういうことなのだろう。それに、プライベートをそこまで隠したいのだったら、何故私を誘ったりしたのだろう。
「まあ、いい。怒っても君には関係無い。今日はご苦労さん。悪いけど、なるべく早く帰ってくれないかな。」
Kは長年付き合った恋人をいとも簡単にフッてしまうくらいの白状な言い方をした。
「わかりました。」
私はぽつんと言い、脇目も振らず詰め所に置いた私物を取ると、駅に向かった。幸い、周囲の商店主たちは殆どが酔っており、私に対し、「どうだ飲むか。」とコップを 差し出した者もいたが、適当にあしらった。次第に遠ざかるT市の夜景を見ながら、二度とこの街に来ることはないと唇を噛んだ。楽しかった祭りも、そしてKと関わった数日感も全てを車窓に流れる暗闇の中に捨ててゆこうと思った。 |
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