都会のマンションの一室で餓死した働き盛りの元派遣社員(システムエンジニア 49歳)を昨夜の報ステで取上げていた。働きたくても病気で働けなくなり、生活保護を受けたくても、手続きの面倒さから、一度その機関の窓口に行っただけだったそうだ。部屋の中には、衣類などに加えて、空の冷蔵庫、空き缶に入った1円玉と5円玉の小銭、公共料金の督促状が遺された。
彼の故郷には81歳の母親と、失業中の兄(52歳)がいた。病気になった彼は医療費も払えず、一度は母親に、もう一度は兄に送金を依頼したが、故郷の二人とて余力は無かった。それでもそれぞれ工面して数万円の送金をしてはいる。母親はインタビューに、「今年の正月に行ってやりたかったけれど、行くのにも金がかかるから・・・。」と悲しみを噛み締めるようにに答えていた。
金が無いということは、自分の子どものピンチさえ救えず、親を助けることもできない。まして、自分の命さえ無くしてしまう。こうした人たちが世の中にはたくさんいるのだ。古舘じゃないけど、行政に携わる人はどう考えているのか。改めて考えさせられた次第。
これから世の中に一人暮らしの人間が多くなる。例えば、病気になったときに、早めの手当てで助かるところが、誰も近くに居なくて命を落とすことだってあるかもしれない。また、今回のケースのように、病気になるときっと無気力になったり、また出かけるのも辛いケースがあり、役所等への必要な手続きが出来ない等の理由で介護や生活手当てなどが受けられなかったりするわけで、その辺り、なんとかならないもんかね。わが身に置き換えても、そういう知識が実はまったく無くて、あるいは書類関係も何処に何があるのかさっぱり分からないのだった。いざというときに困るよね。そのいざというときが無いことだけ祈っている。
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2009/4/9
しばざ記 652 |
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