「俺たち2」管理人による戯言
日記でもない、コラムでもない、単なる戯言。そんな感じ。
筆者は幕張ベイタウン在住のおやじ。結構、歳いってます。はい。
しばざ記
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夜逃げパーティー
ある広告制作会社の解散パーティー

クリスマスが間近な寒い夜、早稲田の雑居ビルの最上階にある小さな事務所でちょっとしたパーティーがあった。事務所は広告のプロダクションで、主催者はそのプロダクションのK社長である。デザイナーが数人、カメラマン、ライターが各1名、それに事務をする女性が1人に加えて、社長1人の10人に満たない会社の解散パーティーなのだ。K社長は私と同い年。さすがに業界人なので、洒落っ気たっぷりの「夜逃げパーティー」というタイトルでの招待状を貰っていた。

#年の瀬の「夜逃げパーティー」はシャレになっていない。

集まったのは、業界の関係者、気心の知れたクライアント。小さな事務所なので、そう多くの人が入れるわけではない。マックスで40人くらいだろうか。事務所のデスクや椅子を全て外の非常階段やらに出したので、そのくらいの人数であれば、立食形式のパーティーなら十分である。ただ、私が訪れたのは開場の6時半から大遅刻の9時を回っていたので、割合閑散としていた。テーブルの上のオードブルも、飲み物も殆ど食い散らかされた状態で、お開きが近い感じだった。

エレベーターを降りるとすぐその事務所。すぐにK社長が私を見つけて迎えてくれた。酔いがまわった真っ赤な顔をしていた。そして、事務の女性に冷蔵庫のビールを持ってこさせ、「はい。新規入ります!」という素っ頓狂な声を出した。彼は酒が入ると異常に陽気になるのは昔から変わっていない。しかし、今日はブランドもののスーツをバシっときめていた。そしてどことなく哀愁を漂わせていた。かつてラグビーをやっていたというやや大柄の体躯も少し華奢に見えたのは気のせいだろうか。

アルバイトの女性が私のコートを預かってくれている間にも社長は私にビールを注ぎ、矢継ぎ早に急に会社を閉めることの非礼を詫びた。それほど儲かっていないということもないし、今まで苦しいとは言っていても、殆どギャグだと思って聞いていたのだが、経営が苦しくなったのは確かなようだ。企業のM&Aが進む中で、大手2社のハウスエージェンシーの契約を打ち切られたのが痛かったらしい。仕事の質の問題ではなく、政治的な問題で仕事が無くなることはよくある話だ。

私は暫く色々な人と談笑。ビールが切れたので、何かのジュースと割った焼酎を飲んだ。オードブルが無くなり、近くのコンビニで焼き鳥や乾きものを誰かが買ってきた。まるで学生の飲み会のような雰囲気になってきた。突然、余興として、K社長がギターの弾き語りをした。2曲目に彼は私を呼び、ベースを弾かせた。もっと早い時間帯にライブをやったようで、ギターが2本とベースとパーカッションが置いてあった。いきなりのご指名なので、ほぼ出鱈目だったけど、K社長の十八番のビリージョエルを2曲一緒に演奏させてもらった。今から、二十年前頃、何かのパーティーで彼と共演したことがある。それ以来だ。

若いスタッフは若者同士で盛り上がっていた。会社が無くなってしまうのに、まったく悲愴感が漂っていない。彼らは行き先が決まっている。元社員で、今や年商も社員数も同社をはるかに上回っているプロダクションの社長が、同社のスタッフを全員引き取ってくれるようだ。むしろ彼らにとってはそちらのほうが好都合なのかもしれない。K社長は、「俺も面倒見てもらいたいよ。」と言った。

10時をまわった頃、K社長が私を外階段に誘った。鉄の扉を開いたところにある踊り場には若干のスペースがあり、灰皿が置いてある。同社の休憩所であり、喫煙所である。かつて、そこで一緒にタバコを吸った仲なのに、私も彼もタバコをやめた。彼のほうがやめてから久しい。外階段には若いデザイナーであろう先客が2人いたが、ちょうどタバコを吸い終わったようで軽く会釈すると、中に入っていった。

そこは風はないのにやたらに寒い。ビールでも置いておけば、飲み頃の温度になりそうな感じだ。屋上に設置してある空調のファンの音がブンブン回っていて、案外うるさい。それと、近隣のビルが接近していて、景色もよくない。そんな場所なのだが、妙に懐かしい。何度か同社で缶詰になって一緒に仕事をしたことがある。徹夜まがいになったこともあり、そういうときには一晩に何度もこの階段の踊り場に出て、星を見ながらタバコをふかしたものだ。今夜も星が綺麗である。周囲の大きな建物に切り取られた小さな空だ。

これからどうするのか訊ねたところ、「実家の長野に戻って、暫くは野菜作りをしたり、うまい酒を飲みながらのんびりして、それから、さて、どうするか、小金でも貯めてハワイにでも行きたいな。」とK社長は語った。もう一度広告制作の仕事を始めることはまず無いだろうとも言った。彼は私に握手の為に手を差し出し、「これまでお世話になって、有難うございました。」と真顔で言った。

11時近くなった。もう客は私も含めて数人しかいない。最終の電車の時刻が気になり、私は慌てて帰路についた。事務所から出るときに社長に簡単に挨拶して、すぐにエレベーターに乗った。女性事務員が帰ってしまったので、若いデザイナーと、その恋人と思われるちょっと派手なメイクの女性が見送ってくれた。K社長は少し年配の2人につかまっていて、「どうも、どうも。」と私に声を掛けるのが精一杯だった。私は早稲田の、しんしんと冷えるひっそりとした路地からオモテ通りに出て、地下鉄に乗った。

K社長、どうぞお元気で!!


2007/12/29
しばざ記 378

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