昨夜というか、今朝方になるが、久々に「朝まで生テレビ」を最後まで観た。テーマは例の田母神問題。これだけ個人名がテーマになるなんてことは最近では無かったと思う。ま、そのテーマの奥深さというのもあったのだが、西尾幹二氏がパネリストに名を連ねていることで、議論がより白熱して面白かった。彼と言えば、数年前に「新しい歴史の教科書をつくる会」の代表で、あの小林よしのり氏も含めて「朝ナマ」にはよく出演していた。いいも悪いも含めて、出演しているだけで本人も周囲も熱くなるのである。
西尾幹二氏はご承知の通り、「日本は侵略をしていない」という発言で物議を醸し出した人。今回の田母神氏とほぼ同じ理論だ。その辺りでカン・サンジュン氏と衝突しているが、頭から湯気を発するが如くの西尾氏に対して、声からして落着きのあるカン氏が終始圧倒していたような気がする。そういえば俺、西尾氏の「国民の歴史」は発刊当時に予約までして買いましたよ。(笑)
カン氏が、「侵略していないという論の前に、日本は東京裁判を正しいとして認めてるんですよ。それが安保条約の基本になっている。」と言っていた。確かに頷けるが、東京裁判で有罪を受けたいわゆる戦犯、またその関係者などへの思いを馳せるに、果たして戦争とは何なのだろうと改めて考えてしまう。
「私は貝になりたい」は今回有名タレントで蘇るが、ストーリーの内容としては一枚の赤紙で戦地に赴き、戦後に戦犯として絞首刑となる人物とその家族の物語だ。戦争という非常時に際しても、「上官の命令が絶対」だとか、「天皇陛下のご意思に従ったまで」だというのは通用しないというのがその裁判で明らかになった。
兵隊とは言え、元々は民間人で赤紙一枚で徴用されたこうした兵隊さんが相当数処刑されていることは事実。戦犯のレッテルを貼られることで、彼らがお国の為に命を落としたことにはならないまでか、平和ボケの若者ですら、国賊の扱いをしているのである。何が正しいとか悪いとかはその時代で認識も微妙に変化してきているわけで、少なくとも自分の意見は歴史をもうちょっと勉強してから言ってほしいのである。
かく言う私も勉強不足で、正直言って、かなり間違った認識をしていたことがある。おっと、今もか。加えて戦争の歴史には未だに事実と空想が入り混じっているわけで、今後長い年月をかけても、正確なところは出てこないような気もする。
2008.11.29
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